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(19)

 投稿者:駿河台  投稿日:2009年 2月20日(金)17時04分49秒
  Benさん、これは貴重なデータですね。オープニングをそのまま見られるなんて感激です。当時の自然なルミさんの姿が、とても心を癒やしてくれます。
また、会報もばっちりです。発行されていたことは聞いていましたが、こうして読めるなんて夢のようです。どんな方のホームページなんでしょうね。
 

アイフル大作戦 見れます

 投稿者:Ben  投稿日:2009年 2月20日(金)02時58分5秒
  既出でしたらすみません。
麻田ルミさん出演のアイフル大作戦「愛と死のたわむれ」を見ました。
やっぱりいいですね、ルミさんの笑顔。心が和みます。
それにしてもあのラストは!何とか他に終わり方は無かったのでしょうか?

それと、幼な妻のタイトル映像のバックに使われている歌のタイトルは何でしょうか?
こんなブログがあるのをはじめて知りました。

http://jyoyutachi.blogspot.com/search/label/%E9%BA%BB%E7%94%B0%E3%83%AB%E3%83%9F

 

原作本

 投稿者:ぴぴ  投稿日:2009年 2月10日(火)19時43分10秒
  田中さん!それそれ右側の本です。
後発の為、挿絵が麻田さんなのですね

内容は、同じなんでしょうか?(活字の大きさ違い?)

駿河台さん ご丁寧にありがとうございます。

「ほんとは愛していたの」って部分いいなぁ〜
中学の頃のあの娘を思い出します。(笑い)

レコード欲しいですね〜ってかCDは、発売されていないですよね(B面だし・・。)
 

(18)

 投稿者:駿河台  投稿日:2009年 2月10日(火)14時44分13秒
  傷ついたばら(山口あかり作詞、井上かつお作編曲)
=「おさな妻」と同じコンビ=

傷ついたばらよ ばらよ
悲しいわたしの恋を
だれよりも だれよりも 分かってほしい
あの人が愛を告げたとき
くるしくて逃げてしまった
わたしを許してね
傷ついたばらよ ばらよ
ほんとは愛していたの
いつまでも いつまでも 忘れられない

傷ついたばらよ ばらよ
いまではかえらない夜が
いとしくて いとしくて 泣きぬれているの
あの人が傍にいるだけで
いつだって可愛くなれない
わたしがいけないの
傷ついたばらよ ばらよ
好きよと応えてみても
とどかない とどかない あの人なのね

ジャケットの表は、玲子の花嫁姿ですが、裏面は半袖のスナップ写真。
こちらの方が高校生らしい自然な表情と雰囲気でした。

そして、原作者である富島健夫さんの推薦文が…。

15歳のルミちゃんを見ていると、若さがどんなにすばらしいものであるかが
ひしひしと感じられます。
あのゴムまりの様な、はちきれんばかりの若さは
何ものにも優る財産であり、魅力です。
(中略)
今日生まれたルミちゃんが、
その若さと生まれながらのバイタリティーを持って成長していくのを、
見守っていくのが楽しみです。ルミちゃん! ガンバッテ下さい。

とありました。
長くなってしまいましたが、ご報告です。
 

ものの本によると・・・。

 投稿者:田中のぶあき  投稿日:2009年 2月10日(火)02時09分22秒
  「マルベル堂のプロマイド」という本でしたっけ、そこに一部の時代の
売り上げランキングが出ていますが、確かに放映当時は人気があったようです。
昭和45年、昭和46年ですがね。

同じように東京12チャンネルの「ワンツウアタック」の主演だった太田黒久美さんも
ランキング入りしていたりでテレビの影響力を感じてしまいますね。

ちなみに私は原作本を2冊所有しています。
 

いや〜良い詩ですね

 投稿者:ぴぴ  投稿日:2009年 2月10日(火)00時31分10秒
  駿河台さん。ありがとうございます。

近代映画や週間明星でのブロマイドベスト10って放映当時のお話でしょうか?
当方は、まだガキんちょの頃ですので当時の近代映画や週間明星は、見ていないですね

原作本は、管理人さんの紹介を見て読んでみようかな〜ってノリです。
たまたま検索した本屋さんが近くなので取り置いてもらい購入に至りましたが
表紙の絵が違い麻田ルミさん?の挿絵でした。

どうしてもプロロロ−グとエンディングが見たくて(想像?妄想?)
原作本と関根恵子版の映画DVDに触手が伸びました。

多感な時期に見た作品なので強烈に心に焼き付いてしまっていますね

いや〜良い詩ですね。レコードも探さなきゃいけなくなりそうですね。
 

(17)

 投稿者:駿河台  投稿日:2009年 2月 9日(月)16時58分16秒
  びびさん、原作本にめぐりあえてよかったですね。
当時の近代映画や週間明星、付録の歌本などを見ると、
麻田ルミさんは、ブロマイドの売り上げランキングでベスト10に入っていた年もあって、
瞬間的に見ればメジャーなタレントさんではなかったかと感じます。

わたしが読んだのは新書版。購入したのは高校生のころですから、「おさな妻」の
タイトルの本をレジに出したときは相当勇気が入ったと思います。
自慢は、ルミさんの写真入りの本の帯がそのまま残っていたことです。
それからウン十年、よくぞ手元に残っていたなあと自らつくづく。

「傷ついたばら」は、「おさな妻」より少しだけテンポがあって
15〜16歳の女子高校生の気持ちを表した歌ではないでしょうか。
メロディーは覚えているのですが

 傷ついたばらよばらよ…
 あの人が愛を告げたとき
 苦しくて逃げてしまったわたしを許してね
 傷ついたばらよばらよ…ホントは愛していたの
 いつまでもいつまでも忘れられないの

といった感じでした。調べ直して載せますね。
 

「傷ついたばら」

 投稿者:ぴぴ  投稿日:2009年 2月 8日(日)00時08分20秒
  「傷ついたばら」ってどんな感じなのかなぁ
麻田ルミさんの持ち歌って何曲もあったのですか?
「おさな妻」の中での麻田ルミさんしか興味なかったので・・・。

先日近くの古本屋さんで「おさな妻」原作本を手に入れました。(奇跡でした)
文庫本サイズなので・・。凄く文字が小さい為、中々進みませんけど(笑い)

しかたが無いので・・。??
関根恵子版の映画DVDもレンタル待ちです。

このサイトに辿り着いてからは、昔探検に忙しい毎日です。
 

傷ついたばら。

 投稿者:田中のぶあき  投稿日:2009年 2月 6日(金)02時49分37秒
  「おさな妻」のレコードのB面の「傷ついたばら」も好きな曲です。

切なさと悲しさをも感じさせますが「センチ」な麻田ルミさんの部分が
垣間見える歌声ですね。

「麻田ルミゴールデン★ベスト」の発売も期待したいよなぁ。

先日「麻丘めぐみゴールデン★ベスト」を購入して感激したので麻田ルミさんの
全シングル曲を集めたCDが出るといいのになって思います。
 

様々な人生がある・・・。

 投稿者:田中のぶあき  投稿日:2009年 1月18日(日)16時18分45秒
編集済
  みなさま、ご心配おかけして申し訳ありませんでした。

また温かいメッセージもありがとうございます。

苦難にぶつかった時に「おさな妻」の吉川玲子の「常に前向きに生きる」そんな姿は
私も学生時代に感銘を受けた一人です。

どんなの辛くても苛められても前に向かって進もうとする姿は忘れていた何かを
思い出させてくれるものでした。

実際に玲子のような人生を送った人もいるでしょうし、またそれ以上の苦難を
感じながらも生き抜いている人もいると思います。くじけそうになった時に
玲子の事を思い出して頑張りぬくことが出来た人もいると思います。

私にしても人に話せないような事もありますが、たった一つの言葉に救われたりして
今があると思っています。

人の人生に勇気を与えたり、道標になってくれたり、希望になってくれるものが
「おさな妻」であったなら製作スタッフの皆さんも作った甲斐があったと
思っているんじゃないでしょうか。

私は、麻田ルミさんの魅力もそうですが、主人公の吉川玲子の前向きな生き方にも
感動を覚えました。若いながらも必死に頑張る姿、それは誰もが応援したくなったり
自分の人生に照らし合わせた部分もあったんじゃないでしょうか。
 

ご復帰おめでとうございます

 投稿者:奈々氏  投稿日:2009年 1月16日(金)03時17分25秒
  ご復帰され私も実に嬉しく思います。
私が「おさま妻」を拝見したちょうどその頃の私は大阪から長崎の離島に引っ越して、すぐの頃で環境の違い(今にして思えば東京12チャンネルの番組がほとんど観ることが出来なくなった事も大きなストレスの原因だった様に思いますね。)や言葉、何より住んでいる方々の気質の違いと重なって、それに虐めにもあったりして私もクラスメート全員に反撃するといった具合で先生や両親からも私の方がこっぴどく怒られクラスメートも誰一人私を相手にせず庇う人も無しといった状況で当時一人っ子だった事も相まって孤立感から「もう自分の人生は終わった」との思いに苛まれ正直自殺することばかり考えていました。
そんな頃に母親が妊娠し下の子が生まれるという状況でこの番組を観ながら「意味合いは違うけど自分も下の子が生まれるな・・・、今後は自分のための人生では無く玲子さんの様に下の子のため、そして自分のような目に遭っている人や困っている人を助けるための人生を送ってみようか・・・」と思いを巡らせどんな事があっても生き抜く、ということを決意する切っ掛けとなった作品でもあります。
実はこの掲示板に書き込みだした頃も詳しくは言えませんが私自身「さすがに私の人生も・・・・」と絶望の淵に経たされていた頃でして、そんな頃ふと「おさま妻」の事を思い出し、「さすがに忘れ去られてしまっているかな?」と当てもなくネット上を探していると、この掲示板を見つけ感激のあまり書き込みだしたという次第です。
そして掲示板を始めから丹念に読み、さすがに忘れ掛かったこの作品の記憶が呼び起こされ、と同時に観た頃の自分の状況も思い出し再び生き抜く気力を取り戻した次第です。
そんな訳で私にとっては命の恩人、というと少々大げさですが人生の上でもかなり大きな位置を占めている作品でもあります。
今私も又困難に遭遇している状況ですけどこの作品の玲子さんの様に明るく前向きに且つ何事にも懸命に生き抜こうと改めて思っています。
 

ご自愛ください

 投稿者:Ben  投稿日:2009年 1月15日(木)06時39分54秒
  田中さま
交通事故に遭われたとのこと、お見舞い申し上げます。
復帰されてから、掲示板にも活気が出てきましたね。うれしい限りです。

「まぼろし放送」でも『おさな妻』を最後まで聞かせてくれています。
まぼろし放送は180回を超える放送で、おさな妻を見ていた世代には嬉しい曲がたくさん聴けるネットラジオです。

http://www.maboroshi-ch.com/hoso/item-803.html

 

ありがとうございます。

 投稿者:田中のぶあき  投稿日:2009年 1月14日(水)00時29分49秒
  lucky茶柱さま、あたたかいお言葉ありがとうございます。

昨年7月に交通事故に遭い、入院手術リハビリを経てこの1月からようやく仕事に
復帰しています。
まだ今年の7月に手術が予定されていますが、ひとまず社会復帰も果たして
以前の生活を取り戻そうと頑張っています。

ドラマなら次の週には回復していたりするんですが(苦笑)現実にはそうは
行かないものですね。

さて、再放送で「おさな妻」を知ったり、初めて目にした人もこのサイトでは
私を含め多いと思いますが、再放送って数少ないんですよね。
だから私も一度しか見ていないんですが、それでも強烈なインパクトを
残した「おさな妻」はスゴイドラマだと思っています。

東京12チャンネルでは3回は再放送が行われているようですし、TVKテレビでも
一度放送されています。
本放送以外の再放送の状況って全国的にはどうだったんでしょうね。

びび様の教えてくれた通り、TVAの開局当時であれば昭和58年9月以降に
放送されていたことになります。
テレビ東京の系列局が開局すると、だいたい「ザ・スーパーガール」や
「まんが猿飛佐助」のような12チャンネル作品が再放送枠で放送されています。

TVAの場合かなりレアなテレビ映画を再放送していた枠があって羨ましい想い
でしたね。「おさな妻」もそうしたレアな作品を放送していた再放送枠での
放送になっていたかも知れないですね。
 

(無題)

 投稿者:lucky茶柱  投稿日:2009年 1月13日(火)19時09分57秒
  田中様お久しぶりです。
長期療養中と聞いてビックリしました。
ご自愛くださいませ。
 

MTVとCTV。

 投稿者:田中のぶあき  投稿日:2009年 1月13日(火)00時25分16秒
  東京12チャンネル、NTV、NETとネットを組んだCTVは優先的に
東京12チャンネルのドラマ番組が供給されて「プレイガール」や「大江戸捜査網」などの
人気ドラマが放送されました。

三重テレビ放送も開局当時から東京12チャンネルからの番組供給で「プロレスアワー」
「日曜ワイド笑」「金曜スペシャル」などが放送されていました。
そんな中、テレビドラマでは「ハレンチ学園」「おさな妻」は三重テレビ放送で
放送されています。

NTV、NETの混在ネットの中に東京12チャンネルの番組を埋め込む形になっていた
CTVは、番組の収容にも限界があり、また愛知県の大部分をエリアにしていた
MTVも中日戦の中継やプロ野球完全中継で人気を集めていたこともあり、
東京12チャンネルもCTVとMTVを相手に上手に商売をしていたと思います。

昭和45年になるとMTVはサンテレビジョンからの「阪神巨人戦」の完全中継を
皮切りに中日球場の中日主催ゲームの一部の完全中継を始めて三重にUHFアンテナを
向ける家庭も増えたようです。

MTVは完全に東京12チャンネルに番組依存していたので、CTVでネットされない
番組がMTVで放送される形になっていました。

当時の伊勢新聞のテレビ欄でもMTVで「おさな妻」が放送されているのが確認できます。

それにしてもTVAでも放送されていたんですね。と言うことは昭和58年9月以降に
放送されていたことになりますね。
 

愛知地区では?

 投稿者:ぴぴ  投稿日:2009年 1月12日(月)23時36分38秒
  当方愛知なのですが三重テレビ放送アンテナの設置していなかったので本放送は、見られなかった?
昭和45年当時 ほとんどの家庭は、三重アンテナ方面は、向いていない
1980年代になるとちらほら三重方面にアンテナを上げる家庭が出てきたんですけどね。

というよりカラーテレビじゃなかった?
UHFチューナーさえ付いていない
静岡の叔父宅でUHFコンバーター(チューナー)を購入し(面白い?)番組が見れるようになったって自慢話を聞いた覚えがあるな〜

中学生の頃も、まだ三重テレビ放送アンテナ設置していなかったのでどこの放送局でみてたのだろう?

う〜ん他局の放送ってしないですよね(中京テレビかな?でもNTV系列)

1983年にテレビ愛知が開局とある(テレビ東京系を放送)
録画した1987年頃は、テレビ愛知です。(開局記念宣伝が入っていたので)

なぞです。
 

本放送当時の編成事情。

 投稿者:田中のぶあき  投稿日:2009年 1月12日(月)11時52分6秒
  本放送当時、東京12チャンネルの番組と言うことでマイクロ同時ネット局は
無かったようです。関西では毎日放送テレビが半年遅れで放送開始していますし、
名古屋地区では三重テレビ放送が週遅れで夜9時31分という時間帯での放送でした。

東京12チャンネルでは金曜日の夜8時に編成されていましたが、当時はNTVの
プロレス中継(三菱ダイヤモンドアワー)が圧倒的な強さを見せていて
他のどのチャンネルも視聴率的に振るわない時間帯でした。

そんな中で「おさな妻」は健闘を見せていましたが、それも12チャンネルの中での
健闘という意味合いが強かったように感じます。

まだテレビも一人に一台というような時代ではなく、子供向けの夜7時台はNETの
「もーれつア太郎」が強かった時代ですが、8時にはNTVの「プロレス中継」に
変えられる家庭も多かったようです。折りしもジャイアント馬場、アントニオ猪木の
BIコンビの全盛の時代であったわけで、新人という触れ込みでの麻田ルミさん主演の
新番組というのは一部の視聴者しか取り込めなかったのかも知れません。
12チャンネルというチャンネルイメージからもチャンネルを合わせる習慣が
あまりない家庭もあったかも知れません。

同じ時代に放送された「おくさまは18歳」(岡崎友紀さん主演)はTBSという
大きなネットワークを持った放送系列での放送であり認知度も全国的に高かったのですが、
東京12チャンネルの「おさな妻」は地方でネットされていてもフィルムネットで
放映時間も平日の昼間であったり、週末の昼間であったりしてまだビデオがない時代
でしたから、仕事をしている人は視聴も難しかったと思います。

もし番組が他の系列局でGHでの放送であれば、番組の認知度も人気も
違っていたかも知れません。だけど「おさな妻」という企画が通ったのも
12チャンネルだから可能であったと思いますし、他局では倫理的にも
企画は通らなかったかも知れません。原作を見たらとてもドラマ化をするのは
難しい部分はあったと思います。

再放送で人気が出るケースはそれまでもテレビマンガの「宇宙戦艦ヤマト」(YTV)や
「エースをねらえ!」(MBS)などありましたが、「おさな妻」も東京12チャンネルの
朝のドラマシリーズで再放送されたことで、コバルト文庫(集英社)に再出版されて
原作本が出ています。私もその当時コバルト文庫版の「おさな妻」を購入して熟読
したものでした。

東京12チャンネルの「まんが水戸黄門」が思わぬ形で話題を呼びDVD化されている
ように、「おさな妻」の存在を多くの人に知ってもらうことがまず必要なのかなって
思います。


※びび様、メールをいただきましたが、このBBSからのメールフォームですと
メアドが表示されず、お返事が書けませんでした。ホムペのトップページのメール
フォームか、 ntana1130@yahoo.co.jp こちらのメアドにご連絡をいただけたらと
思います。お手数をおかけします。
 

人気無いですか?

 投稿者:ぴぴ  投稿日:2009年 1月11日(日)23時52分48秒
  「おさな妻」の人気度というか認知度ってどの位あるのでしょうね
リアルタイムで「おさな妻」を知る年代は、50代〜60代が中心なのでしょうか?
もっと上かな?

この当時の記憶では、子供にチャンネル権は、無く番組表から親が選択して見せられていた?
「おさな妻」というタイトルですので子供の居る世帯では、チャンネル選択は、無かったかなと思いますがどうでしょうね。
 

おさな妻の存在。

 投稿者:田中のぶあき  投稿日:2009年 1月11日(日)00時32分28秒
  リアルタイムで「おさな妻」を見ていた人は既にかなりの高齢になっていると
思います。

私も東京12チャンネルのことを調べ始めた小学5年生の頃、局の歴史を
少しずつ知ることになるのですが、その過程で様々な番組についても知り、
東京12チャンネルの数少ないドラマ作品のなかの一つとして「おさな妻」を
知ることになりました。

同時期にスタートした「ハレンチ学園」はリアルタイムで見た記憶があったん
ですが、なにぶん幼少の頃だったので1時間ドラマは見ていなかったんだろうと思います。

小学6年生の頃、まだビデオは富豪が買うような値段でして一般的な家電品では
なくて、私のトレンドとしてはまず「ラジカセが欲しい」時代でした。

そして高校生になった時期に「おさな妻」を初めて目にして、
「こんなにも胸ときめくドラマがあったんだ。!」と率直に感じました。

ドラマでは「ザ・スーパーガール」「プレイガールQ」、フジの「翔んだカップル」
TBSの「赤いシリーズ」なんかも見てきましたが、ここまで主人公の玲子の存在に
感情移入して見た作品は無かったと思います。

作品の人気からしてもビデオ化される事は無いとずっと思っていて何とかもう一度
再放送をと、テレビ静岡などにも懇願する便りを送ったこともありました。

DVD化、実現したら本当にいいのになって思います。

出来れば、綺麗な映像でもう一度麻田ルミさんの笑顔が見たいです。

ぴぴ様、心に残る作品のひとつっていうのは貴重ですよね。
こうした秀作ドラマが存在していたことを多くの人に思い出してもらったり、
知ってもらえたらいいのになって思います。

私の場合も多感な時期に見たことも大きなインパクトを与えてくれたんだって
思いますね。
 

最初に出会ったのは・・。

 投稿者:ぴぴ  投稿日:2009年 1月 9日(金)17時45分58秒
  「おさな妻」を最初に見たのが1976年の再放送でした。
夕方4時〜5時頃の時間態だったな〜(うろ覚えですけど)

その頃中学生で級長の女の子が礼子さんでした。
漢字が違いますが、名前が一緒なのでなんとなく意識した覚えです。(笑い)

最後に見た(録画)のは、1987年頃
ビクター社 S-VHSビデオ第一号機 HR-S7000で録画した覚えなので・・。

レンタルビデオ店が続々開店する時代「おさな妻」が、リリースされないものかと随分通った覚えでした。笑い


 最近では、色々デジタルリマスターされたDVDなどがリリースされているのですね。

正月に友人宅でCSを録画した初代ゴジラを見せてもらったのですが、もの凄く綺麗ですね
ハイビジョン画質にも耐える画質に大変驚きました。

少しずつ発掘されていく事を祈ります。


 心に残る作品って何本もないのですが、「おさな妻」は、忘れられない青春の1ページです。(マニアでは、ないので・・。)
 

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